来待石とは

来待石採石場(休止中)

 

久しぶりのブログですが、今回はそもそも「来待石」とは何ぞやということで、昨年松江市教育委員会出版のブックレットに「来待石」について書きましたので、そこから抜粋してご紹介いたします。来待石の出来た頃 ユーラシア大陸東縁での大規模な火山活動はコールドロンと呼ばれる陥没盆地を形成し、2、400万年前(新第三紀中新世前期)には、これらの溶解、拡大、裂開、伸張により今の日本列島は大陸から切り離されていきます。一部大陸地形を残しながら、おおむね現在の日本列島の基盤が形成されたのが1,600万年から1,400万年前(中新世中期)です。現在の松江市宍道町あたりは一面海でした。この頃の海進によって現在の三次、庄原、津山、新見などの盆地まで海水が入り込んでいきます。川合・久利層と呼ばれる砂岩、泥岩層が堆積したのもこの頃です。その後中国山地の隆起、海底火山の噴火などによって斐川町の仏経山、松江市の真山、平田の大船山、出雲市の鼻高山などの流紋岩質の山々が出来上がってきます。海底火山の噴火孔付近では黒鉱(ブラックスモーカー)や石膏などの鉱床が形成されます。この頃島根半島はまだ形成されておらず、沖合いの海底下では陸上からの火山の噴出物などが、粗粒砂岩や泥岩などに振るい分けられ堆積していきます。タービダイトなど地震活動によってさらに振るい分けられていきます。後に隆起して砂岩頁岩のみごとな互層を作り上げます。今の小伊津あたり、海岸線沿いの砂岩頁岩のみごとな互層がこれであり、牛切層と呼ばれます。

この頃の宍道町周辺では陸上の安山岩質火山が盛んに噴火しており、火山灰や安山岩の岩屑が近くの海に流れ込んだり降り注いでいました。そして比較的粒子の揃った粗粒凝灰質砂岩の溜まりが浅海に出来るのです。今から1,400万年、新第三紀中期中新世に形成された安山岩溶岩および凝灰質砂岩をひっくるめて大森層といい、この淘汰の良い粒子の揃った凝灰質砂岩層を特に大森層中の「来待砂岩部層」といいます。これが「来待石」として、人類により古代から現代まで様々な用途に加工され使用されています。その後マグマ活動も穏やかになり、この凝灰質砂岩層の沖合いにきめ細かい細粒砂岩、シルト岩が堆積していきます。この1,300万年前の泥質な地層を布志名層といいます。

この頃の古環境は化石によって知ることが出来ます。大森層中来待砂岩部層からは、パレオパラドキシア・タバタイ(古くて矛盾だらけのものと解される束柱類の仲間の哺乳動物)と呼ばれる海牛の顎骨やムカシオオホオジロザメ(メガロドンと呼ばれる体調13mもある大ザメ)の鋸歯や小型のアオザメ(イスルス)の歯、ヒゲクジラの一種の顎骨や肋骨などの化石が見つかっており、これらから熱帯や亜熱帯に近い温暖な気候で、海岸部には砂浜が広がっている古環境が推定されます。そこには水陸両用のパレオや陸上の哺乳動物が群れていたのでしょう。また布志名層からはカガミホタテガイ、シンジヒタチオビ、ヤツカバイ、フジナカガミガイなど、出雲地方の地名がついた貝化石やトクナガタコブネ、ミズホタコブネ(雌だこの卵を育てる殻)やアロデスムス(鰭脚類)などの化石が見つかっており、暖かい海から冷涼な海へと推移している様子が窺えます。これらの化石については、来待ストーンミュージアムで展示しています。

現在の来待ストーン周辺は昭和30年代まで手掘りで採石していた採石場跡です。マサカリと呼ばれる採石道具や楔(矢)痕が残されています。チエンソーと呼ばれる石を切る機械が栃木県の大谷から導入されたのは昭和40年代に入ってからです。切り出した当初の来待石は暗青色です。来待石の構成は安山岩片、凝灰岩片などの岩片、斜長石、輝石、角閃石などの結晶片、そしてそれらの粒間を埋める基質(マトリックス)から成り立っています。また、水質浄化に役立つ沸石(ゼオライト)を多量に含んでいることも知られています。これらに二酸化炭素をたっぷり含んだ酸性雨がかかると内部から様々なイオンが出てきて、空気と結びついて酸化現象を引き起こします。粒子間では粘土化が進みこれらが溶け出すことによって空隙ができ、いわゆる風化状態が進行していきます。同時に岩石は灰色から茶褐色に変わっていきます。溶け出した鉄分が酸化したのです。そしてこの空隙に苔類が繁茂します。侘び,寂びなど日本人の心を打つ趣のある出雲石灯籠には、苔が良く似合います。(松江市史への序章 松江の歴史像を探る 4.太古からの贈り物「来待石」 永井 泰 より抜粋)

難解な文章を読んでいただきありがとうございました。来待石に関する具体的な資料がウエブ上には載っていませので、昨年書きました拙稿を抜粋してブログとしました。来待石を科学的な目で見た場合、石造物だけでなく様々な活用ができることがお分かりになると存じます。島根大学、NPO、地場産業との連携で科学的な研究が進み、新たな取り組みが行われているところです。

来待石採石場(休止中)

稼働中の来待石採石場(玉湯町林近辺)

来待ストーンへの入口

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